リオデジャネイロ五輪が開幕しました。
土曜の朝から4時間テレビの前に居座るという失態をしてしまった訳ですが、開会式の演出は個人的には好感が持てるものでした。

技術の共演(人とテクノロジー)

これはソチ冬季五輪の開会式を見たときにも感じたことなのですが、人間というフィジカルな存在がもたらす「技術」と、最先端の“テクノロジー”という意味での「技術」の共演が、やはりここ最近はキーになっているなぁと思います。
特に今回は、平面への投射だけではなく吊り下げられたロープに投射することで、半ば三次元的なマッピングがされていたように感じました。
結局は、今目の前にリアルに存在するものが感動を生むので、テクノロジーが進歩してその“リアル”(≒三次元」に入ってくればくるほど、その大きさも変化してくるように思います。
ただ、これは逆説的ですが、“リアルにある”のであれば、それは必ずしも狭義のテクノロジーだけを指すのではないとも感じます。そういう意味では、温故知新的な“ナニか”にも期待です。

スポーツの枠を超えた、世界へのメッセージ

セレモニーは、概ねブラジルの歴史を辿り、未来へのメッセージを放つ形でした。
先住民族がいた世界から、ポルトガルの植民地化を経てアフリカ系の奴隷や、日本人が海を渡った様を表現した時は、ちょうど日本で広島での原爆追悼式典が行われていた時間でした。
さまざまな人種・民族を受け入れてきたブラジルにはこうして華やかさを増していきます。

しかしここで一人の少年が現れます。
悲しげに歩く少年は一つの苗の元に行きます。
アマゾンを擁するブラジルは、今世界で起こっている地球温暖化に警鐘を鳴らします。
どんなにその花が醜くとも、そこに一本の花が咲いている。
そんな、当たり前のようだけど奇跡のように美しい出来事が日々行われている地球を、いつか本当に花が咲くのが「奇跡」と思われてしまう前に、大切にしようというメッセージがVTRには込められていたように思います。

この後選手入場になるわけですが、選手は皆「種」を持ち、それをモニュメントの中に植えていきます。
これは、大会終了後に植えられて、この大会の「レガシー」となるそう。

この他、バッハIOC会長による「Celebrate the differences(多様性を歓迎する)」といった挨拶や、初の五輪名誉賞に選ばれたキプチョゲ・ケイノ氏による「教育は、何も破壊せず平和をもたらす武器である」といった発言は、未来を視て、今を考動することの重要性を説いた非常に素晴らしいメッセージだったと思います。

まとめ:東京五輪における「メッセージ」は何か?

リオ五輪はもちろん始まったばかりですが、早くも2020年の東京五輪の「メッセージ」が、この開会式を見て気になってきました。

インバウンド、クールジャパン、、、

様々なことが五輪周辺で騒がれていますが、「地球規模」と「未来」を見据えたメッセージ性を持たないと正直マズいと思います。

“五輪特需”なんて目先のこと考えてるだけでは、何も世界に、後世に遺せない気がしてきました。。。

 

なぁんて偉そうに独り言。。。

それにしてもブログがどれも五輪関係ばかり。いっそ、「五輪選手目指します!」とか始めてみようかしら。。。